館長便り

2022-10-27 15:43:00

其の五 卓袱台(ちゃぶだい)の話

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 「巨人の星」という野球漫画がありました。原作者は「空手バカ一代」の梶原一騎先生でした。私が小学生の頃大人気の漫画で、巨人軍が9連覇した頃の野球漫画を代表する名作です。毎週土曜日の夜7時からのテレビ番組で、どこの家でも男子は「巨人の星」でしたね。ちなみに8時からはドリフターズの「全員集合」でした。昭和40年代の頃のお話です。

 巨人の星の主人公は、星飛雄馬といいます。この主人公の野球スポ根物語なのですが、その親父の星一徹という人が、とにかく厳しく怒りん坊でした。飛雄馬が怠けたり、何か気にくわないと食事の時でも卓袱台をひっくり返して怒るのです。再放送があったり、昔のアニメの代表的なシーンとして「卓袱台ひっくり返し」の場面はその後の子ども達の間でも結構知られていました。

 ここから私の話です。私はどちらかというと「怖い先生」だったかも知れません。当時の生徒達に「怖い?」と聞くと「そんなことはありません」と引きつった顔で答えていましたので、おそらくそうだったのでしょう。「優しい」とか「面白い」とかいってくれる生徒もいましたが、「優しいけど怖い」「面白いけど怖い」というところが頃が本音ですかね。そんなに星一徹のような怒りん坊ではなかったと思いますが、荒れた学校や面倒な生徒ばかり担任していましたので、「怖い顔」をする場面は少なくなかったのでしょう。私は日頃は仏のように穏やかに、怒るときには相手の唇の色が白くなるほど「烈火の如く」というように使い分けていました。ですから、どの場面を主に見ているかで印象が分かれるかも知れませんね。

 だいぶ前のことになりますが、学年で1番の暴れん坊を担任していたときのことです。毎日いろいろありましたが、学校中飛び回っている私のクラスは、申し訳ないくらいによく頑張っていてくれました。給食の準備、後片付けは学校で1番、清掃も1番でした。特に女子がしっかりしていたので、担任がほとんど教室にいないのに、まとまったよいクラスでした。

 そんなある日のことでした。いろいろな問題が続き、ちょっとストレスがたまっていたのだと思います。私が教室でぶち切れて教卓をぶっ叩き、天板がぶっ壊れてしまいました。怪我人が出るようなことではありませんでしたが、おそらく相当怖かったのではないでしょうか。クラスの生徒がそんなに悪いことをした訳ではなかったのですが、虫の居所が悪かったのですね。「しまった」と思いました。放課後、壊した教卓を1人で修繕して帰りました。いかんなあ・・・

 次の日の朝のことです。なんとなく気まずい心持ちで教室に入りました。そのとき、教卓の上に乗っていたものを見て、私は驚きました。

 

  ボール紙で作った卓袱台

 

 ご丁寧に色まで塗ってリアルな感じで教卓に乗っていました。私は、声も出せずに立ち尽くしました。

「先生、腹が立ったらそれをひっくり返してください。」と1人の女子が言いました。

みんなニコニコして私を見ています。

私は、「エイッ」といってその卓袱台を優しくひっくり返しました。

「やったー」生徒達は全員が拍手をして喜んでいました。

 

 なんていいクラスなんだろう。

 なんていい生徒なんだろう。

 怖い顔をして、教卓をぶっ壊した自分が恥ずかしくなってしまいました。

 

 それから私のクラスにはいつもボール紙の卓袱台が教室の前に置いてあります。いろいろな先生が「何だこれは?」と尋ねると、生徒たちは「おまじないです」と応えたそうです。

 

孫子の兵法の「戦わずして勝つ」とは、まさにこのことですね。参りました。